安楽死についての意見が集まりました!

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うみの かえる

うみのかえるです

「安楽死について」の意見が集まりました!

みなさん、ご意見ありがとうございました。

いただいた意見をご紹介します。

意見の冒頭に記されている数字は、意見投稿時に選択していただいた、安楽死についての立場を数値化したものです。数字が小さければ小さいほど、反対しない、つまり、賛成の立場を示します。

なお、こちらに掲載している意見は全て個人の意見であり、この記事の中で多数派の意見が世論の多数派とは限りません。また、ここでの多数派が、「正しい」とは限りません。あくまで何が正しいかは自分で決めてください。他を取り入れて、自分に響く自分に響くものを大切にしてください。

意見を読んでの感想も受け付けております!

以下のGoogleフォームで募集しております!

第1回テーマ「安楽死について」の感想
こんにちは!うみのかえるです! 意見交換のためのご協力ありがとうございます。 学生が、勝ち負けなど自分の意見を否定されることなく、安心して意見を述べられる場を提供したい。そんな思いでうみのかえるは活動しています! ここでは自由にあなたの意見をお書きください!!

締め切りは、8月27日23時59分までです!

(賛成派)

安楽死についての反対度:1

一刻も早く、全ての国民を対象に安楽死という選択肢を付与するべきと思います。こんな思いをしてまで生きたくないと思っている人に対し、一方的に生を押し付けることは偽善でしかありません。しかし、多くの人は生こそが素晴らしい、死は絶対悪であると洗脳されているのが現実。恵まれている人たちが恵まれていない人の視点に立ってみる、ということが必要なのではないでしょうか。

安楽死についての反対度:1

賛成です。
どうしようもない事情があり、働けなくなった上で、生活保護も受けられないとなると自殺するしかないからです。
また、孤独感を癒すことができない場合もあります

安楽死についての反対度:1

死が選択肢の一つになってもいい。自由に生きる権利があるのなら、死ぬ権利もあって然るべき。

安楽死についての反対度:1

まず日本では、憲法25条で生存権が保証されている。つまり日本国民は誰もが生きる権利を持っている。次にそもそも生きるとは何かを考える。広辞苑を開くと、生きるとは「生物(特に、動物)が生命を維持してこの世にある。」と記載されている。つまり命がある瞬間までが生きていることになるのだ。この生存権と広辞苑の生きるの定義を組み合わせるならば、生命を維持してこの世に留める権利しかないことになる。つまり死ぬ選択を選ぶことは出来ないのだ。憲法で認められていないならば、安楽死はすることが出来ない。
しかし私は広辞苑の生きるについて意味が違っていると思っている。人によって生きるへの考え方は違うところであるが、私の考える生きるとは「生まれてきた意味を知るために全うする。」である。なぜ自分がこの世界に誕生し、宇宙単位で見れば意味の無いことをしているのにも関わらず、なぜ人生に情熱を注いで生きたのか。これを理解するために我々人間は生きるのだ。
つまり個人的な意見になってしまうが、己の人生に意味を見い出せた人間は、それは人生を全うしたことになり、結果的に生きる権利が存在すると同時に、死ぬ権利が発生する可能性があると考えている。なぜなら、ある人が自分は死ぬために生まれてきたと理解するかもしれないし、ある人は自分が死ぬことで、意味を持った人生が完結すると理解するかもしれないからだ。
もし私の考える生きるが世間一般的に定義されるのであれば、苦しみの死の間際に全てを悟った人間にこそ、己のタイミングで死ぬ権利は与えられ、安楽死は至極当然になるだろう。

安楽死についての反対度:1

人は自分の命を終わらせる権利を持つべきだから安楽死に賛成である。自分が重い病気になり今後生きていくのが苦しい場面を迎えたときに自分の選択で命を絶つことができるようにするべきだ。

(限りなく反対派)

安楽死についての反対度:4

「たとえ全てを失ったとしても我々は生き続けるべきです。私はこれまで強制的に死を選ばされてきた死体を数多く見てきました。彼らの無念な顔は忘れることが出来ません。彼らのために我々は生きなければならない。それが我々、生きている人間の義務です。」これは私の好きなドラマの中でその主人公が放った台詞だ。私はこれがただのフィクションの台詞と思えない。
実際、苦しくても生を全うするのが人間のなすべきことであり義務であると私も思う。拡大解釈かもしれないが、これを法律的に是としないことが自殺の抑制にも繋がるのではないか。たとえ1週間の命と判断されても、その1週間の内に病気の手術法が実現するかもしれない。確率論で言ったらこの主張を信じるに値しないかもしれないが、こと生死が関わるのであれば信じてみる価値はあるはずだ。また、その安楽死を手引きしようとする良心的な者に人の生死を背負わせるべきでもない。

安楽死についての反対度:4

日本の現状を考えると反対する。
今の日本は社会保障制度も人権に関する教育も不十分である。社会保障制度のための増税が別のことに使われていたり、いじめや自殺件数の多さであったりその不十分さがあるままに安楽死制度を導入することは間違っている。現状のままでは安楽死に至るまでの過程に、社会保障制度がちゃんとしていないことで起こり得る金銭問題や、人権への意識の低さから安易に安楽死を選択してしまう可能性がある。
「心から望んだ以外の要因で引き起こされる安楽死」が起こりえる状況で導入された安楽死制度は、人の尊厳を守るものではない。

(反対派)

安楽死についての反対度:5

安楽死が認められるようになれば、生きる権利が侵害される可能性が高まる。例えば、介護を必要とする身になったからという理由である人が安楽死を選択肢すると、介護を必要とする身になったにも関わらず、安楽死を選択しなかった者が自己中心的だと扱われるかもしれない。自分で死を選択する権利はたしかに尊重されるべき自己決定権かもしれない。しかし、生きたいと思う人が生きにくくなるのであれば、それは公共の福祉を侵すのではないだろうか。社会は生者で構成されている。だから、生きたいと思う人の生きる権利を守ることの方が、死ぬ権利よりも優先されるべきであるはずだ。自分で死を選択するということが良くないからという道徳的理由というよりは、その社会で生きたいと思う人を守るためという理由で安楽死には反対する。

ぜひ、感想の投稿もお願いいたします!

↓締め切りは、8月27日23時59分までです↓

第1回テーマ「安楽死について」の感想
こんにちは!うみのかえるです! 意見交換のためのご協力ありがとうございます。 学生が、勝ち負けなど自分の意見を否定されることなく、安心して意見を述べられる場を提供したい。そんな思いでうみのかえるは活動しています! ここでは自由にあなたの意見をお書きください!!

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※テーマとは関係のない内容であったため、一件不掲載としております。

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